本日の日曜日は、第一日曜日ということで、チェコ全土で主要な博物館や美術館が無料開放される日です。私たちは半年ぶりに国立博物館本館に行くことにします。最寄りのメトロ駅から一本です。同じ大学宿舎に住んでいるご家族と行くことになりました。
しかし覚悟はしていたものの、現地に着くと長蛇の列が出来ていました。一時間ほど並んで何とか入場します。その間、ヴァーツラフ広場の眺めを堪能できました。


常設展はこの前の訪問でだいたい見たので、知られているかぎりではチェコにおける最古の王朝であるプシェミスル朝(Přemyslovci)に関する特別展を鑑賞することにし、自然史がお目当ての皆さんと別行動になりました。特別展はチェコ基準では考えられないくらい混んでいました。「プシェミスル朝:支配王朝とその時代」(Přemyslovci. Panovnická dynastie a její doba)という展示です。
入口付近は人がたくさんいたので、少し先の方に進んでから見ていくことにしました(ただ、奥にもたくさんいたので、どっちもどっちだったかもしれません)。最初にたどり着いたのは、ズノイモ(Znojmo)にある聖カテジナのロトンダ(Rotunda svaté Kateřiny)内部にあるフレスコ画の再現で、聖書のテーマとプシェミスル朝の家系図を描いているものでした。12世紀半ばよりは前のものだそうです。

次に気になったのは、聖ルドミラ(Svatá Ludmila, c.860–921)の遺体を覆っていたとされる織物の一部です。中欧産ですがイスラーム圏由来の幾何学模様があるとのことで、文化史の観点からも興味深いです。早ければ10世紀後半のものみたいです。
聖ルドミラは、ボヘミア公として最初にキリスト教徒となったボジヴォイ1世(Bořivoj I)の妻であり、チェコの聖人のなかではネポムツキーと並ぶ有名人である聖ヴァーツラフ(Svatý Václav、ボヘミア公ヴァーツラフ1世)の祖母です。ルドミラは、ヴァーツラフの母であり非キリスト教徒だったドラホミーラ(Drahomíra)の策略で暗殺されてしまいますが、それによって死後すぐに聖人となりました。
この織物は、プラハ城内にあるイジー聖堂に隣接するイジー修道院のベネディクト会修道女によって作られたとされているようです。やはりキリスト教の印象が強いルドミラですが、彼女に関わるアイテムのなかには文化史的に興味深いものがあることを知ることができました。ちなみに聖ルドミラに関わる織物で最古のものは、別の場所に展示されていました。そちらは10世紀前半のものとされています。


言語資料という観点では、古代教会スラヴ語で書かれた典礼文書の有名な断片がやはりスラヴ圏らしいものの一つでした。有名なキュリロスとメトディオスによる伝道の際は正教会の教えが伝わりましたが、その後の展開でカトリックが優勢になったので、こうした資料は意外と貴重なのかもしれません。

チェコにおける最古の修道院は前述の聖イジー修道院のようですが、男子修道院としては大学宿舎の近くにあるベネディクト会系のブシェヴノフ修道院が最古です。そのブシェヴノフ修道院ゆかりのアイテムとして、1174年にフランスのランス大司教から寄贈された聖遺物箱が展示されていました。箱自体は7世紀から8世紀にメロヴィング朝のフランスで作られたもので、かなり古いものであることがわかります。

展示パネルには、地図や家系図もあって勉強になります。実はモラヴィア(モラヴァ)にはまだ行ったことがないので、ブルノやオロモウツは気になっている都市でもあります。


中世写本もたくさんあり、複製でしたがアウグスティヌス『神の国』の立派な写本が目にとまりました。挿絵がついつい気になってしまいます。


聖イジー聖堂のレリーフ(複製)も見応えがありました。真ん中の聖母子像の両脇には、左にイジー修道院の設立者である女子修道院長ムラダ(Mlada)、右に彼女の後継者ベルタ(Berta)がいます。ムラダは、聖ヴァーツラフを暗殺した彼の弟であるボヘミア公ボレスラフ1世の娘でもあります。さらに右にはボヘミア王オタカル1世がいて、左にいるのは彼の異母姉妹で女子修道院長だったアネシュカ(有名な聖アネシュカとは別人物)とされています。


プシェミスル朝の展示は、時代としては14世紀以降のものも展示されていました。聖ヴァーツラフ伝説に関わるものとして、ルネサンス期の写本には、彼がミサで使用するワインを準備するためにブドウを踏んでいる挿絵が描かれていました。

もちろん聖アネシュカ関連のものもありました。16世紀のテンペラ画で、もはや時代が流れていることがよくわかります。


プシェミスル朝は14世紀初頭に断絶しますが、トマス・アクィナスが生きていた頃にはまだあって、同時代のチェコについて思いを馳せることができました。
展示はもう少しじっくり見れたらよかったですが、流石に無料開放の日は仕方ありません。図録を入手したので、じっくり復習しようと思います。
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今回の記事がところどころくどい(?)のも、勉強の一環です。いざ少しでも書こうとすると、ちょっとしたことも調べる必要があるので危険かもしれません。
なお、博物館を出た後は、みんなでヴァーツラフ広場のBagaterie Boulevardで遅い昼食をいただきました。さらに我々は近くの店で買い物をして、無事に帰宅しました。明日からはまた通常のルーチンが再開です。