フヴィェズダ便り(Reportáž z Hvězdy)

※2018年11月~2019年3月は「新・フリブール日記」

ご挨拶

生存報告を兼ねて、期間限定でブログを書きます。2026年4月よりチェコのプラハに滞在し、カレル大学哲学部でお世話になります(職場の在外研究員制度を利用しています)。専門は西洋中世哲学です。

家族で欧州に住むのははじめてですが、何とか生存することを目指します。ブログのタイトルにある「フヴィェズダ」は、カレル大学の宿舎がある場所に由来します。

なお、かつてこのブログでは、2018年11月より2019年3月まで、「新・フリブール日記」を公開しておりました。その趣旨については前の記事を参照してください。

rishida.hatenadiary.jp

哲学部、人文学部

父親業務の後、一限からの授業に参加するために哲学部本館に向かいます。9時10分開始ですが、接続がよいと余裕をもって到着できることが分かりました。

 

木曜はAさんの英語による中世哲学講義が二コマあります。次回から後半は演習形式とのことですが、人数がかなり多いので大変そうです。今日も面白く話を聞かせていただきました。

 

授業後には人文学部の建物に初めて行きました。トラム17番で一本で行けるようになっています。こちらは哲学部とは異なり、新しい建物ということもあって、コンセプトがかなり異なる印象です。図書館の本を借りに来ましたが、予約しておくと大学の利用証があれば無人で貸し出しできる機械があり、原理は宅配ボックスと同じかもしれません。機能的で大変良いと思います。

 

帰りはホレショヴィツェ駅までバスで移動し、その後は地下鉄を乗り継いで帰宅しました。自宅から考えると大移動に見えますが、早ければ1時間もかからないので、個人的には京都にいるときと同じような感覚での都市生活です。プラハの方が首都ということもあり公共交通が発達しているので、これは羨ましいかぎりです。

 

帰宅する前から久々に雨が降っていました。暗くなるのが早くなったこともあり眠気を誘います。英気を養っておきます。

パトチカ、シュテルンベルク宮殿

少し早めに起床し、朝の勉強時間を取ることができました。パトチカの論考『消極的プラトン主義』(Negativní platonismus)を原典で少しずつ読み始めることにしました。文字通り辞書を頻繁に引きながらなので、一日に一文を訳せるくらいのペースで行きたいと思います。

 

そんなこんなで朝の父親業務もこなした後、子たちがいないので大人たちだけで少しだけお出かけします。お目当ては、国立美術館のまだ訪れたことのない分館です。

 

f:id:RISHIDA:20261008113656j:image
f:id:RISHIDA:20261008113657j:image
f:id:RISHIDA:20261008113655j:image

 

プラハ城の近くにあるシュテルンベルク宮殿にやって来ました。こちらには、近世以降のなかで古い時代の作品が展示されています。先週訪れたシュヴァルツェンベルク宮殿のものより古い、イタリアやフランドル地方など他所から持ち込んだものが多いみたいです。平日ではありますが、とにかく空いていたので、ゆっくり鑑賞できました。芸術の秋ですね。

 

f:id:RISHIDA:20261008114315j:image
f:id:RISHIDA:20261008114314j:image
f:id:RISHIDA:20261008114317j:image
f:id:RISHIDA:20261008114316j:image
f:id:RISHIDA:20261008114318j:image
f:id:RISHIDA:20261008114319j:image

 

最初のイタリア絵画の部屋では、多翼祭壇画が目にとまりました。大部分を描いた作者(Lovro Dobričević)が、今のモンテネグロ出身で、当時はヴェネツィア共和国の一部だったようです。没したのはドゥブロヴニクで今はクロアチアですが、当時はやはりヴェネツィア共和国でした。かつてイタリア・ルネサンス期の哲学者ピエトロ・ポンポナッツィの『魂の不死生について』を部分的に訳したとき、冒頭にラグーサ、つまりドゥブロヴニク出身の弟子から著作を懇願されたことが書かれていて、それでこの時代のヴェネツィアを意識したことがあります。ポンポナッツィの翻訳は、他に誰もやらなそうならいつか続きをやってみてもよいかもしれません。

doi.org

 

さて展示は続いて、今のオランダやベルギーあたりのものが充実していました。

 

f:id:RISHIDA:20261008120207j:image
f:id:RISHIDA:20261008120209j:image
f:id:RISHIDA:20261008120208j:image
f:id:RISHIDA:20261008120210j:image

 

そしてドイツやオーストリアに続いていきます。

 

f:id:RISHIDA:20261008120330j:image
f:id:RISHIDA:20261008120333j:image
f:id:RISHIDA:20261008120334j:image
f:id:RISHIDA:20261008120332j:image
f:id:RISHIDA:20261008120331j:image
f:id:RISHIDA:20261008120335j:image
f:id:RISHIDA:20261008120336j:image

 

新約聖書外典の「ニコデモ福音書」などに書かれている、キリストが辺獄に降下するシーンは特に興味深いですね。アダムとイヴが救済を待っています。

 

f:id:RISHIDA:20261008121414j:image
f:id:RISHIDA:20261008121415j:image
f:id:RISHIDA:20261008121417j:image
f:id:RISHIDA:20261008121416j:image
f:id:RISHIDA:20261008121418j:image
f:id:RISHIDA:20261008121419j:image
f:id:RISHIDA:20261008121420j:image
f:id:RISHIDA:20261008121421j:image
f:id:RISHIDA:20261008121423j:image
f:id:RISHIDA:20261008121422j:image
f:id:RISHIDA:20261008121424j:image
f:id:RISHIDA:20261008121425j:image
f:id:RISHIDA:20261008121426j:image
f:id:RISHIDA:20261008121427j:image

 

最後にはスペイン絵画も堪能できました。フランチェスコとヒエロニュムスはまあよく見ますね。

 

見終わった後は自宅方面に向かい、上の子の学校が近いエリアのショッピングセンターにあるピザ屋で昼食をとりました。日替わりメニューのある店で良心的でした。生ビールのラインナップも意外と充実していました。

 

帰宅後は、夕食と夜の父親業務を経て、宿題の続きをしつつ早めに寝ることにしました。

ペレイラ、ハヴェル、エラスムス

朝の父親業務を経て帰宅し、後は基本的に在宅の日となりました。昨日の疲れもあってか、昼寝も長めにしてしまいました。

 

作業としては昨日出た宿題に取り組んだり、もう来週になってしまった発表の準備をしたりといったことが中心です。宿題は、16世紀に活躍したイエズス会士ベニート・ペレイラの知性論を読むことです。普通の講読と写本読解の二つで別々の箇所を検討できるので、とてもためになりそうです。

 

昼には本の配達を宅配ボックスで受け取りました。プシェミスル朝の特別展を博物館で見た影響で、読めもしないのにチェコの代表的な歴史書を揃えてみました。

 

・『コスマス年代記』

www.hostbrno.cz

 

・『ダリミル年代記』

www.hostbrno.cz

 

『コスマス年代記』については、次の日本語訳をこちらに持ち込んでおります。

www.seibunsha.net

 

このようにチェコ最古の歴史書を日本語で読めるのは本当にありがたいことです。ただ『コスマス年代記』は、著者のコスマスが死んだ1125年までしか書かれていないため、それ以降は他のものにあたる必要があります。また『コスマス年代記』はラテン語で書かれているのも特徴です。

 

そして夕食後の読書で、昨日に生誕90周年をむかえたヴァーツラフ・ハヴェルの「エラスムス賞受賞記念演説」を読んでいたところ、どうやらエラスムスの『痴愚神礼讃』がラテン語から他の言語に初めて翻訳されたのはチェコ語だったと書いてあり、衝撃を受けました。チェコの人文主義者Řehoř Hrubý z Jeleníによる翻訳のことを指していると思われます。16世紀プラハの人文主義が盛んだったことの一環かもしれません。冒頭で述べたイエズス会士のペレイラもまさに人文主義の時代を生きた人物で、スコラ学との関係も気になってきました。エラスムスも気にしておこうと思います。

秋学期の始まり

本日からこちらの授業期間が始まりました。せっかくなのでAさんの授業に出るべく朝から哲学部本館に向かいます。研究室にいると、二回ほど教室番号が合っているか聞かれました。どうやら研究室の番号が、違うキャンパスの教室と同じことから来る勘違いのようです。次からアドバイスするときのストックになりました。

 

授業は二つあり、近世スコラのラテン語の講読と写本読解の二つです。日本ではまず受けられない授業なので、ありがたい機会です。図々しく参加しようと思います。宿題も早速出ました。

 

日没前には帰宅しましたが、今日はどうやら近くのサーキットでレースがある日のようです。催しの一環で花火があがっていました。

 

f:id:RISHIDA:20261006045314j:image

 

来る前からチェコは花火が好きだと聞いていて、実際に何度かこのように見させてもらっています。ちなみに偶然ですが、我が家の住む場所はこれまでも花火に恵まれることが何故か多かったので、何か宿命があるのやもしれません。良いスタートを切れそうです。

国立博物館本館再訪、プシェミスル朝の特別展

本日の日曜日は、第一日曜日ということで、チェコ全土で主要な博物館や美術館が無料開放される日です。私たちは半年ぶりに国立博物館本館に行くことにします。最寄りのメトロ駅から一本です。同じ大学宿舎に住んでいるご家族と行くことになりました。

 

しかし覚悟はしていたものの、現地に着くと長蛇の列が出来ていました。一時間ほど並んで何とか入場します。その間、ヴァーツラフ広場の眺めを堪能できました。

 

f:id:RISHIDA:20261005005953j:image
f:id:RISHIDA:20261005005951j:image

 

常設展はこの前の訪問でだいたい見たので、知られているかぎりではチェコにおける最古の王朝であるプシェミスル朝(Přemyslovci)に関する特別展を鑑賞することにし、自然史がお目当ての皆さんと別行動になりました。特別展はチェコ基準では考えられないくらい混んでいました。「プシェミスル朝:支配王朝とその時代」(Přemyslovci. Panovnická dynastie a její doba)という展示です。

 

入口付近は人がたくさんいたので、少し先の方に進んでから見ていくことにしました(ただ、奥にもたくさんいたので、どっちもどっちだったかもしれません)。最初にたどり着いたのは、ズノイモ(Znojmo)にある聖カテジナのロトンダ(Rotunda svaté Kateřiny)内部にあるフレスコ画の再現で、聖書のテーマとプシェミスル朝の家系図を描いているものでした。12世紀半ばよりは前のものだそうです。

 

f:id:RISHIDA:20261005011205j:image

 

次に気になったのは、聖ルドミラ(Svatá Ludmila, c.860–921)の遺体を覆っていたとされる織物の一部です。中欧産ですがイスラーム圏由来の幾何学模様があるとのことで、文化史の観点からも興味深いです。早ければ10世紀後半のものみたいです。

 

聖ルドミラは、ボヘミア公として最初にキリスト教徒となったボジヴォイ1世(Bořivoj I)の妻であり、チェコの聖人のなかではネポムツキーと並ぶ有名人である聖ヴァーツラフ(Svatý Václav、ボヘミア公ヴァーツラフ1世)の祖母です。ルドミラは、ヴァーツラフの母であり非キリスト教徒だったドラホミーラ(Drahomíra)の策略で暗殺されてしまいますが、それによって死後すぐに聖人となりました。

 

この織物は、プラハ城内にあるイジー聖堂に隣接するイジー修道院のベネディクト会修道女によって作られたとされているようです。やはりキリスト教の印象が強いルドミラですが、彼女に関わるアイテムのなかには文化史的に興味深いものがあることを知ることができました。ちなみに聖ルドミラに関わる織物で最古のものは、別の場所に展示されていました。そちらは10世紀前半のものとされています。


f:id:RISHIDA:20261005011206j:image
f:id:RISHIDA:20261005011202j:image

 

言語資料という観点では、古代教会スラヴ語で書かれた典礼文書の有名な断片がやはりスラヴ圏らしいものの一つでした。有名なキュリロスとメトディオスによる伝道の際は正教会の教えが伝わりましたが、その後の展開でカトリックが優勢になったので、こうした資料は意外と貴重なのかもしれません。


f:id:RISHIDA:20261005011209j:image

 

チェコにおける最古の修道院は前述の聖イジー修道院のようですが、男子修道院としては大学宿舎の近くにあるベネディクト会系のブシェヴノフ修道院が最古です。そのブシェヴノフ修道院ゆかりのアイテムとして、1174年にフランスのランス大司教から寄贈された聖遺物箱が展示されていました。箱自体は7世紀から8世紀にメロヴィング朝のフランスで作られたもので、かなり古いものであることがわかります。


f:id:RISHIDA:20261005011212j:image

 

展示パネルには、地図や家系図もあって勉強になります。実はモラヴィア(モラヴァ)にはまだ行ったことがないので、ブルノやオロモウツは気になっている都市でもあります。


f:id:RISHIDA:20261005011217j:image
f:id:RISHIDA:20261005011218j:image

 

中世写本もたくさんあり、複製でしたがアウグスティヌス『神の国』の立派な写本が目にとまりました。挿絵がついつい気になってしまいます。

 


聖イジー聖堂のレリーフ(複製)も見応えがありました。真ん中の聖母子像の両脇には、左にイジー修道院の設立者である女子修道院長ムラダ(Mlada)、右に彼女の後継者ベルタ(Berta)がいます。ムラダは、聖ヴァーツラフを暗殺した彼の弟であるボヘミア公ボレスラフ1世の娘でもあります。さらに右にはボヘミア王オタカル1世がいて、左にいるのは彼の異母姉妹で女子修道院長だったアネシュカ(有名な聖アネシュカとは別人物)とされています。

f:id:RISHIDA:20261005011234j:image
f:id:RISHIDA:20261005011235j:image

 

プシェミスル朝の展示は、時代としては14世紀以降のものも展示されていました。聖ヴァーツラフ伝説に関わるものとして、ルネサンス期の写本には、彼がミサで使用するワインを準備するためにブドウを踏んでいる挿絵が描かれていました。


f:id:RISHIDA:20261005011237j:image

 

もちろん聖アネシュカ関連のものもありました。16世紀のテンペラ画で、もはや時代が流れていることがよくわかります。


f:id:RISHIDA:20261005011240j:image
f:id:RISHIDA:20261005011241j:image

 

プシェミスル朝は14世紀初頭に断絶しますが、トマス・アクィナスが生きていた頃にはまだあって、同時代のチェコについて思いを馳せることができました。

 

展示はもう少しじっくり見れたらよかったですが、流石に無料開放の日は仕方ありません。図録を入手したので、じっくり復習しようと思います。

 

www.nm.cz

 

今回の記事がところどころくどい(?)のも、勉強の一環です。いざ少しでも書こうとすると、ちょっとしたことも調べる必要があるので危険かもしれません。

 

なお、博物館を出た後は、みんなでヴァーツラフ広場のBagaterie Boulevardで遅い昼食をいただきました。さらに我々は近くの店で買い物をして、無事に帰宅しました。明日からはまた通常のルーチンが再開です。

土曜日のカウフラント

ゆっくり起床。妻が風邪気味とのことで、午前はひたすらのんびりします。明日はお出かけ予定があるので体力温存です。私は発表準備などを進めました。

 

午後は久々に土曜日のカウフラントです。巨大スーパーが近くにあると、それだけで助かります。子たちを外出させるのにも向いています。

 

穏やかな一日となりました。最近の読書では、パトチカの問題意識を自分なりに引き受けているアジアの哲学者ユク・ホイ氏の本を読んでいます。

 

 

 

 

発表準備

研究発表が二週間後に迫っています。扱うのは初期フランシスカンの天使論です。ありがたいことにすでに先月から着手していたプロジェクトなので、ゼロからのスタートではありません。どこまで行けるか試してみる良い機会になりそうです。

 

子たちは今週も無事に学校ないし幼稚園を勤め上げ(?)、元気に帰宅してきました。明日はのんびり過ごそうと思います。